「実践研究」カテゴリーアーカイブ

教育実践研究をまとめる(27) 理論と実践の往還(1) 理論→実践

教職大学院のキーワードのひとつに「理論と実践の往還」がある。全国で教職大学院が立ち上がった当初から理念として語られてきたので、もう20年ほど経つだろう。しかし、この言葉の意味について丁寧に説明を聞く機会は少なく、自分なりに整理してみたい。

一般的な理解としては、「理論も実践も大切であり、両者は相互に影響し合うもの」と言えるだろう。だが実際に、その「往復」を感じさせる教育実践研究の発表にはあまり出会わない。そこで今回は、まず「理論→実践」という方向から考えてみたい。

これは、ある理論に基づいて教育実践を構築することを指す。例えば、インストラクショナルデザインのXX理論に基づいて授業を組み立てるといった試みである。こうした研究は、ストレートマスターの院生による実践研究や、現職教員が学会で発表する研究によく見られる。研究者教員からすれば、理論に基づいた指導はわかりやすく、ひとつのケースとして扱いやすいからだ。

ただし課題もある。理論は本来、深い理解を前提に適用されるべきだが、言葉だけを借りればそれらしく見えてしまうため、表層的な利用に陥りやすい。また、学校現場の教員からすると「理論が難解で実践的に感じられない」という評価を受けやすい。さらに、現職院生にとっては「難しい理論名をわざわざ持ち出さなくても、普段から実践していることだ」と受け止められる場合もあり、教育実践研究の題材としては必ずしも適さないこともある。

誤解のないようにしたいが、私はこのような取り組みを否定しているわけではない。むしろ研究としては王道のスタイルである。ただし重要なのは、理論を十分に理解した上で活用すること、そして実践に取り入れる際に「どのように解釈し、具体的にどう適用したのか」を丁寧に示すことである。

さらに「往還」の観点からは、実践後の振り返りが欠かせない。実践の結果を踏まえて、理論の適用条件や限界を検討し、必要なら理論に新たな示唆を加える。このプロセスによってこそ、教育実践研究は理論への貢献を果たすことができると考える。

教育実践研究をまとめる(26) 先行研究から学びを深める

専門的な学びを進める上で、先行研究を調べるのは欠かせない。このことについて、少なくとも2度にわたって述べてきた。

しかし、「どのように調べればよいのか」ということについては述べていなかった。そこで本稿では、先行研究にあたり、学習を深めるための視点と方法を紹介する。

1. 広く調べてから絞り込む、そして記録する
基本は、広範な情報に目を通したうえで徐々に対象を絞り込んでいくことである。授業で紹介される文献は厳選された資料であることが多いが、それが必ずしも自身の関心や研究課題に合致するとは限らない。そのため、自ら積極的に情報を調べる姿勢が求められる。

多くの資料にあたり、共通する概念や論点、キーワードを見つけ出すことが重要である。また、調べた内容を記録・整理しておくことで、後の執筆において大きな助けとなる。

2. 一般的な言葉から「より専門的な言葉」へ掘り下げる
日常的に用いられる言葉(例:「リーダーシップ」)は抽象的で広義的であるため、学術的な探究においては、その下位概念や具体的な用語を見出すことが求められる。

たとえば、「リーダーシップ」という語を出発点に、「スクールリーダーシップ」「ミドルリーダーシップ」「学校運営」「学校経営」「学級経営」など、より文脈に即した専門用語へと掘り下げていくことが有効である。これらの語は学校教育における固有の文脈を持ち、検索精度の向上にもつながる。

近年では、生成AIを活用し、関連あるキーワードを広げることも可能であり、調査の初期段階において有効な補助手段となっている。

3. 「人」を起点に研究を広げる
先行研究を深めるうえで、その分野における「キーパーソン」(主要な研究者や著者)を把握することはきわめて重要である。以下のような手法を用いるとよい。

図書館の活用:大学図書館、特に関連の蔵書が充実している館(例えば大阪教育大学は当然教育関係の書籍が多い)では、関連分野の資料に効率よくアクセスできる。複数の資料に目を通し、全体像を把握することで、研究の焦点を明確にすることが可能である。

著者に注目する:文献を読み進める中で、頻繁に登場する著者名に着目すると、その分野での影響力を持つ研究者が見えてくる。

学術データベースの活用:キーパーソンと見なされる研究者の他の著作を、CiNii Researchなどのデータベースで検索することで、新たな関連文献や引用文献にアクセスできる。

引用文献の追跡:論文に記載された参考文献リストを辿ることで、当該研究の理論的背景や先行的議論を把握できる。引用文献はその分野で基礎的な位置づけを持つことが多く、研究を深めるうえで不可欠である。

4. 論文誌や学会を活用する
特定の論文が見つかった場合、その論文が掲載されている論文誌全体に目を通すことで、関連する研究の傾向や分野の動向を掴むことができる。たとえば、「日本教育工学会論文誌」に掲載された論文があれば、同誌の他の論文も類似のテーマを扱っている可能性が高い。

また、調べていた論文誌が発行している学会やそれに関連する学会(例えば、ICTに関する論文で日本教育工学会の存在を知ったなら,関連しそうな教育メディア学会や教育システム情報学会など)に注目し、発表論文や論文集、シンポジウムなどの情報を活用することで、より多角的な視点を得ることが可能となる。

教育実践研究をまとめる(25)報告書に向けた「実践の締切」と教育実践研究の進め方

この時期、教職大学院に在籍する修了年度の院生たちは、年間の計画を立て始めていることが多い。理想を言えば、こうした計画は前年度のうちに策定しておくのが望ましいが、新年度を迎え、自身の立場や学校内の体制が明確になると、それに応じて計画を見直す場面も多くなる。

では、年間計画を立てる際、どのような時期を念頭に置くべきだろうか。

これは経験に基づく話であるが、筆者の勤務校では、報告書の提出期限が例年1月中旬に設定されている。そのため、筆者は学生に対し、「11月末までに行った実践や収集したデータ」を報告書に盛り込むことを目安とするよう指導している。

しかし、11月末はまだ第2学期の途中にあたり、すべての実践を終えるにはやや早い時期である。理想を言えば、11月末までに教育実践研究の計画をほぼ完了させ、それを報告書にまとめるという流れが望ましい。

一方で、学校現場にはその後も3~4ヶ月の期間が残されており、学校ぐるみで取り組む教育実践研究を対象とする場合、「報告書の締切があるので、11月までに計画を完了させたい」と申し出ても、現実的には受け入れられにくい。これは避けがたいジレンマである。

したがって、11月末を一区切りとしながらも、無理のない計画を立てることが肝要である。12月以降も現場での取組が継続されるのが一般的だが、11月時点で5%しか進んでいない実践が、2月や3月に一気に完了するとは考えにくい。

逆に、11月末時点でおおむね8割の実践が終了していれば、その時点での到達状況と今後の見込みを報告書に記述することで、読み手にも「残りも含めて概ね到達するであろう」と自然に理解される。

要するに、教育実践研究の全体像を重視しつつ、途中経過と今後の見通しを報告書に示すという姿勢が求められる。

ただし、ここで述べているのは、現職教員が学校ぐるみで実施する教育実践研究を、教職大学院の報告書としてまとめる場合に限った話である。学会誌に投稿する論文については、実践が完了してから執筆するのが原則であり、このタイムラインは適用されない。

教育実践研究をまとめる(24)研究倫理(2)研究倫理は3つの層で考える

教育実践研究を進めようとしている現職教員は、研究倫理は3つの層に留意をして研究を進めるのが良い。

最も基本的なものは、(1)公務員・教師としての倫理である。これは研究に関わりなく、その職業に関わる人が意識しなければいけない倫理である。これは大学等の教育機関で指導を受けるものではなく、教員研修等で指導を受けるものである。研究を進める際にもまず一職業人として意識をしなければいけないものである。

続いて、(2)一般的な研究者としての倫理である。これについては、研究者一般が知っておかなければいけない研究倫理となる。これは体系的にまとめられており、以下のように日本学術振興会のWebページより誰でもテキストを入手することができる。大学に所属している場合は、eラーニング教材に取り組むことが大学院生にも課せられているケースが多いと思う。一般的な研究倫理となるので、これも共通して学ばなければいけない事項である。

科学の健全な発展のために-誠実な科学者の心得-

https://www.jsps.go.jp/j-kousei/rinri.html

この研究教材は、学習していると、教育実践研究を進める現職教員にはあまりイメージできないものもある。例えば、研究室に所属をし、教授をはじめとするラボメンバーと共に共同研究を進めることなどがその一例である。他に実験を通して得られた画像の加工など、おおよそ自身の研究とはあまり関わると思われない理系的な研究も自身のイメージからは遠いものとなる。ただこうした教材から研究の幅広さを知ったり、自分の研究に置き換えて考えてみるとあてはまる部分もあると考えられるので、こうした視点からも学習しておきたい。

最後に、(3)教育実践研究者に求められる固有の倫理というものがある。教育実践研究においては学校における教師や子どもが対象となる。教師は学校に所属をしており、管理職が労務等を管理している。子どもには、保護者がいる。学校を取り巻くこうした人たちは働いている時は身近な存在であるが、研究を通してこれらの方々に関わる際は、あくまで研究者として関わっていく事になる。普段の関係性はもちろん大事であるが、ここでは研究者として留意しながら依頼をしたり関わったりしていくことで様々な人から研究への理解を得ることが必要である。

大学における研究倫理の指導は上記の(2)に特化されているケースが多い。(3)は教育研究に関わる各研究分野で、その対応や敏感さがまちまちである。まずは上記した3層構造を意識して教育実践研究を進めるのが良いと思われる。

教育実践研究をまとめる(23)研究倫理(1)研究倫理を考えるメリットは

近年、研究を進める上で、研究倫理を考えることは避けて通れない重要な課題である。実際に研究倫理に関わる様々な問題が発生しており、それを防ぐためにも、教育実践研究に取り組む人はこの問題に真摯に向き合う必要がある。

しかし、研究倫理を学ぶことや指導することが、どこか暗く重いものに感じられる場合もあるのではないだろうか。過去の事例や「これをしてはいけない」という教訓を通じて学ぶ過程で、不安や責任の重さを感じることは少なくない。さらに、研究を進める中で「これで正しいのだろうか」という疑念が生じることも多い。こうした悩みは、研究倫理を考える上で必ず出てくる場面である。

しかしながら、研究倫理を考えることには意義がある。例えば、倫理審査申請書を作成する際には、自分の研究の目的や計画、予想される課題を他者に理解してもらう必要がある。この過程を通じて、自身の研究計画がより明確化され、研究の進行において重要な役割を果たす。これにより、研究内容が精査され、質の高い成果報告を目指す道筋が整えられる。

研究倫理は単なる規制やルールではなく、研究そのものを発展させ、信頼性を高めるための重要な枠組みである。教育実践研究者としての責任を果たすとともに、研究の質を向上させるための一助として、前向きに取り組むことが求められる。